自己愛は本当に必要か?

あなたは、自分自身を愛しているでしょうか?

そもそも、
自分自身を愛するって、どういう意味でしょう?
それによって、どんないいことがあるのでしょう?

逆にそれがなければ、
どんな不都合があるでしょう?

自己愛に似た言葉で、
自己重要感や、自己肯定感、自分を好きになる、
自信を持つ、自分を認める、受け入れる、
というのとは、なにが違うのでしょう?

僕は昨日、
とある学会から送っていただいているニュースレターの、
最初のページにある文章を読んで、ハッとしたんです。

そこには、こんなふうに書かれていました。

「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」
と、聖書は教えているが、
「自分を愛せよ」「自分を好きになれ」
とは教えていない。

要は、
自己愛って、大して重要じゃない、
ってことですよ。

別に僕はクリスチャンではありませんが、
2000年くらいは読み継がれているであろう、
人類史上最高のベストセラーである「聖書」には、
自己愛が大事!とは書いてないんですね。

いちいち言わなくても、自分のことくらい愛してるだろ、
という前提に立っているんじゃないか?
って解釈もできるようではありますが。

それを踏まえても、
意識してようとしていまいと、
人は自分を愛していることになっているわけです。

聖書では、
「隣人を愛せよ」
が推奨ってことで、
いちいち自分を愛せよなんて言わない。

これって、
解釈の仕方によっては、
「自分のことばっかり考えてんじゃないよ!」
という意味なのかもしれません。

自分が好きになれないとか、愛せないとか、
そんなことはどうでもよくて、
それよりもむしろ、
隣人、目の前にいる人を愛して、
喜んでもらい、感謝して、感謝されるような、
そういうことをしたほうがいいよ、と、
そういうことなんですかね?

自分が、自分が、と、自分のことにフォーカスする
ばかりで、周りの人に目が、気が、心がいかなくなる、
そのことから目を逸らさせて、
周りの人に意識を向けさせるための、
そういう意図があるのかもしれないですよね?

マーケティングでも、
自分が売りたい商品でなく、
見込み客が欲しい商品を売れ!
と言われます。

ということは、
自分のリソースにフォカスして、
自分になにができるかを考えるより、
見込み客になりえる人の話を聞いて、
その解決したい悩みや問題の中から、
自分にできることを提供していけばいい、
と考えることもできます。

正直な話、僕もそうなんですが、
悩んだり不安を感じるときには、
たいていが自分にフォーカスしています。

このフォーカスを外側に向けること。

そうすると、
突破口、ブレイクスルーが見えるような、
そんな気がします。

自分を大切にすることは大事かと思いますが、
自己愛や自分を好きになる、なんてのは、
意識や認識、使い方も合わせて考えたいもの。

そんな気がします。

いかがでしょう?

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Mail from Yamato Suga
2015/11/10
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