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愛の反対は○○

更新日:

 
須賀です。

意識、無意識、愛シリーズがそろそろ
終盤にさしかかっている感じです。

昨日、いくつか抱えているタスクがあるにも
かかわらず、ある本を最後まで一気に読みたい
衝動に駆られて、実際にそうしました。

タスクが滞ったことは良くないことですが、
抱えていたモヤモヤが少なからず晴れたのは
非常に重要なことでした。

その本に書いてあったこと、けっこう宗教的で
スピ系っぽくて、かつ正論っぽく手厳しいので、
すんなりとは受け入れにくいかもしれない。

ただ、意識と無意識と愛について、
理解しやすいというか、納得せざるを得ない、
という感じがします。

何度か紹介している、愛の定義は、
「自分自身と他者の精神的成長を
 養うために自分を広げる意志」
だとしています。

異論はあると思いますが、とりあえず、
この前提に立って話を進めていきます。

カギは精神的成長なので、愛情とか慈しみとか
といった感情的なものは脇に置きます。

自分を愛するとか、誰かを愛するとか、
そう表現するとき意味するのは、自分の、
相手の精神的成長に寄与しているってこと。

赤ん坊を無条件で受け入れる母性愛も一種だし、
ときに厳しく接する父性愛も一種なわけで、
ときと場合によってケース・バイ・ケースで
発現するもの。

では、精神的成長の行き着く先には、
いったいなにがあるのか?

いきなり極端な話になりますが、
自分が「神」になること、だそう。

宗教的な話だからと言って、「神」になる
イコール「教祖」になることではありません。

キリスト教的な「神」の概念を想像して
もらえるといいと思います。

「神」になるってことは、イメージとしては
ダライ・ラマのような人間性の高い崇高な
人間になっていくようなものです。

その過程では多くの「煩悩」を削ぎ落とす
訓練が必要になるわけですよね。

だから、自分を愛し、精神的成長を促すには、
規律を持った行動をしなくてはならない。

というわけで、今日のタイトル、
愛の反対は「怠惰」
になる。

で、自分を成長させていくときに不可欠なのが
無意識からのメッセージを受け取ること。

個人の無意識はすべての人が共有する
「集合的無意識」につながっているので、
存在の全体の中で自分がなすべき役割を
無意識はすでに知っている。

その無意識のメッセージに意識が反しているとき、
人は精神的な症状を発するようになる。
うつとか、原因不明の不調とか、そういう。

ただし、これは進むべき方向から外れている、
というメッセージなので、無意識の声に耳を
傾けて、方向転換すると、これまでになかった
新しい世界が拓け「生まれ変わる」と。

以上、かなりざっくりとしたまとめなのですが、
なんとなくわかるでしょうか?

僕もまだ読み切っただけ、という感じで、
実感が伴わない部分もかなりあります。

なので、もし、今日の投稿にピンときたら、
メールに返信やコメントで、
「本のタイトル教えて!」
と送ってください。

こっそりお教えします。

では、また。

 

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