「リ」のとき

須賀です。

好きな格言があるんです。

「ああ、復活の前に死があるね」
というもの。

ロマン・ロランという人のものだそうで、
この方がどんな人かもわからないし、
どこで見聞きしたのかも覚えていない。

あと、これもなんかの動画で見た話。

スラブの民話に、
「死の水と生の水」ってのがあるそうで、
死にかけた人に、生の水だけをかけてもうまくいかない。

でも、先に死の水をかけると、全身の関節が外れて、
そのあと生の水をかけると生き返るんだそうな。

僕も例外ではないのですが、
いま、正直、とっても苦しい人がいると思うのです。

いろんな業種、職種の人で、
それぞれの大変な時をすごしている。

僕はいま、鎌倉という観光地に住んでいるので、
この数カ月、駅前やらのテナントの移り変わりも
いろいろ見てきています。

繁盛しているように見えたあのお店が閉店、
地元の人に愛されていたあのお店が閉店、
どこかで人気のお店が新規オープンしてる、
いろいろです。ひきこもごも。

なにがいいか悪いかわかりません。
予測不可能な状況の中で、どうすればいいか?
正解なんて存在するはずがない。

じゃあ、どうすればいいのか?
救いはないのか?

というと、そうでもない気がします。

いまは「リ」のとき。

リデザイン、
リスタート、
リボーン、
そういう感じ。

リメンバー、リマインド、
リレーションシップとかも含めて、
「リ」=「再」なのかな?
(リライトは聞きたくない…笑)

要は再構築なわけです。

「いままで」はガッシャーンって壊されて、
「これから」は新しくなっていく。

普通、常識、当たり前、
そういう言葉が意味をなさない。

逆に、そういうものに縛られない価値観が
じわじわと広がっていくのかもしれない。

不安定で不確定で予測不可能な時代だからこそ、
「安定」を求める人は多いかもしれません。

そんなものはない、
と言ったら言い過ぎかもしれませんが、
そういうものが与えられる社会ではもうない。

これまであった幻想にしがみつくのではなく、
リアライズ、現実をしっかり見ること。

いろんな報道だけでは判断できません。

どんな情報を取り入れたらいいのかもわからない。
なにが信頼できるか?も判断のしようがない。

どんな人からの情報であろうとも、
なにが正しいとか間違ってるとかわかんないんですよ。

なら、自分で考えるしかない。
いろいろな情報を集めたりしてね。
それでもわかんないことは多い。

わかんないことだらけ。

だったらね、
「離」脱してもいいのでは?

そういう世間的なものからね。
もちろん、傍若無人に振る舞おうぜというわけではない。

単純に、みんながみんな、
同じことしてるのはオカシイ。

周りがどうだからなんてのから離れて、
自分は自分としてやっていっていいんですよ。

そう思います。

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