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高校時代、どうだった?

投稿日:

 
須賀です。

20年ぶりくらいに、母校のプールで
泳いできました。

体育教官になった同級生にも会って、
脳のいろんなところが刺激されたのか、
普段はまったく忘れていた、いろんな
ことが甦ってきました。

(ここから僕の思い出ばなしです。
 そこそこ長いです 笑)

僕の母校、埼玉県立浦和高校という、
県下でも有数の進学校で、東大の合格者も
全国でけっこうな上位に入ります。

高校卒業後はほとんどが現役か一浪、
二浪ぐらいで大学に進学します。

で、順当に大学を四年間で卒業して
官僚とか医者とか弁護士とか、大手企業の
サラリーマンになっていきます。
(僕の親友はなぜか留年しましたけど)

僕のような、一浪して大学に行かず、
(全滅したからしょうがない)フリーターから
フリーランスになるみたいな人は超少数派。

他には僕のライターの師匠くらいしか
思いつきません(笑)。

それはいいとして、甦ってきたもの。

当時、なにを「夢見ていた」のか?
です。

僕は高校2年生くらいまでは東工大に
進学したいと考えていたのです。

で、エネルギー工学かなにかを学んで
将来はレーシングエンジニアになろうと、
そう考えていたのです。

小学生のころからF1に憧れていて、
レーサーになるよりも、あんな速いクルマを
作るエンジニアになりたい、というわけ。

けっこう真剣だったのです。
東工大の公開講座とか行ったりしたし。

ただ、成績が悪すぎて東工大は
早々にあきらめることになりました。
(数学のテストが毎回赤点だった…)

その後は水泳部の部活に本気になることもなく、
ただ唯一、工芸(木工)で棚を作ることに専念、
勉強はそこそこに、3年生の秋になるまで
「センター試験」の存在も知らない状態。

受験の情報をいろいろと同級生から教えて
もらう中で、方向転換したのです。
(教えてくれたのは隣の席の川嶋くんだった)

現役のときは、ダメ元でひとつだけ受験しよう、
と考えて筑波大学を受けに行きました。

筑波も高校3年生のときに公開講座に行ったことが
あり、すごく関心が高かったのです。

しかも、筑波大学の工学部はちょっと変わっている
ように見えて、「学際的」という表現で、
工学部に入ったからといって、最初から専門分野を
決めずにいろいろ学べるみたいな話でした。

受験はしましたが、当然のように不合格。
浪人生活に突入します。

予備校として選んだのは池袋の代ゼミ。
講師の興味深い先生がたくさんいて、半年くらいで
成績はかなり伸びたと思います。

進学したい大学もいろいろ調べていき、
高校のOBである宇宙飛行士の若田光一さんが
卒業した九州大学を志望しました。

九州大学も工学部が充実している印象だった。

最終的に前期で九州大学、中期で大阪府立大学、
後期で筑波大学を受験し、感触的には全部合格、
のはずが、全部落ちたのです、なぜか…。

絶望でした。 どうしていいかわからなかった。

そこからフリーターになって、ご縁をいただいて
前述のライターの師匠からお声がけいただき、
ライターになって、セミナー運営するようになって、
マーケティングの知識がついてきて、今にいたるのです。

振り返ると、九州大学に行きたいと思ったとき、
僕は「核融合」に興味を持っていました。

ちょうど燃料電池が実用化されようとしている
タイミングで、ガソリンエンジンからの移行が
スタートするようなときだったのです。

F1の時代じゃなくなるのかな?と思って、次の
世代のエネルギーのことが知りたくなって、
Newtonとかを読んで核融合に至ったのかと。

ふと思うのです。

いまでもエネルギーのことが好きなのだと。

何度かご紹介している日本植物燃料の合田真さんも
エネルギー業界の人。

来週末には「レイキ」を学びに行くのですが、
人の持っているエネルギー、宇宙のエネルギーを
うまく活用してみたいと思うから。

心理学や行動に関する学びも、ずべて、人の行動を
変容させるエネルギー源を知りたいから。

自分自身の、周りの人のエネルギーを高めて、
行動変容を促すことに関心があるようです。

まずは、自分のエネルギーを高めないと。

というわけで、長くなりましたが、
あなたは、高校時代、どんな学生だったでしょう?

どんなことが好きで、夢中になり、
どんな夢をもっていたでしょうか?

思い出してみると、いまに、これからにつながる
なにかが発見できるかもしれません。

ちょっと、思い出してみてはいかがでしょう?

では、また。

 

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