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アジサイの季節

投稿日:

須賀です。

長谷寺、明月院など、鎌倉はいま、
咲き誇るアジサイを求めて、人々が
集まっていることでしょう。

「キレイねー」なんて、人々の声が
聞こえてきそうです。

雨にうたれながら、少し肌寒い感じで、
散策のあとはカフェに腰をおろして
あったかいコーヒーを飲むのいい。

コーヒーのオススメはディモンシュですね。
ナチュラル、深入りの濃厚なコクと苦味が好み。

土日限定でやってる秘密のカフェもありますが、
あくまで秘密なので、それがどこにあるのか?は
教えません。

呼ばれた人だけ、たどりつけるってことで。

で、鎌倉のハイシーズン、一番賑わう季節、
僕はここにいません。

鎌倉在住、とお伝えしてきたのですが、
引っ越しました。

いまは、長野県の伊那市にいます。

中央アルプスと南アルプスに挟まれた
「伊那谷」の北のほう。

なんでそこに?
という話をすると長くなるのですが、
まぁ、一度住んでみたかったから、です。

鎌倉を離れたのが5月15日。
その日から、伊那の高遠にある古民家宿泊施設に
住み込みで「田舎暮らし体験」をしていました。
ウーファーってやつ。

テーブルの上にパソコンを置いて、椅子に座って
作業をする、なんてスタイルはなくなりました。

パソコンを使うときは、畳の上にあぐらをかいて、
ちゃぶ台的な高さの机でやることになる。
この時点で腰が痛いです。

田舎暮らし体験ですから、当然のように
日中は農作業です。

庭を元気にするための準備で「炭焼き」をしたり、
田んぼの周りの草を刈払機でバリバリと刈ったり、
堆肥を作るための棚を作ったり、
畑の草を刈ったり、田植えの準備をしたり、
他にもいろいろ体験しました。

手刈りでやる畑の草刈りが一番腰にきてキツかったかな。
刈払機でバリバリはアドレナリンが出ていい感じでした。

裸足で田んぼに入って、素手で稲の苗を植えるのは、
なんとも言えない不思議な体験でしたかね。

この小さな苗がいずれ稲穂をつけることになるの?
水と泥と太陽が、どうやって苗を米にするの?
なんで水を張った田んぼに植えたほうがいいの?

わかんないことばかりです。

で、田植え(手植え)が終わったところで、
滞在先がヒマになるので御役御免ってことで、
同じ伊那市内の小さなアパートに移ったのです。

6月15日、一粒万倍日で天赦日。
今年、一番とも言われる良い日ですね。

意図して、また、意図せざるして、
両方があいまって、いまここにいます。

生活の小さなところも、大きなところも、
いろんな幅で変わっています。

僕の場合は、社会の大きなうねりの中で、
さらに自分自身の土台を掘り返すような
荒療治的なことをしているわけですが。

でも、誰にしても、
大なり小なりの変化は起きているはず。

いま、この状況。
先の見えない、不透明な未来。

あれしたほうがいい
これしたほうがいい
それは間違ってる
そんなのやめたほうがいい
無理に決まってる

どんな人がどのように言おうとも、
あてにならない。

極端に言えば、
誰の言うことであっても、
信じきれる保証はない。

「絶対に!」みたいな言葉を使えば使うほど、
あやしくなってしまうのでしょうね。

でね、人間社会がどうであろうとも、
アジサイは、だいたい同じ季節に咲く。

植えた稲の苗は、おそらくは、
秋には穂をつけてくれることでしょう。

先の未来に、確実にどうなることはない。

だけど、
意図を持って、希望を持って、
泥の中に手を突っ込んで苗を植えれば、
お米が収穫できるかもしれないのです。

未来に関して、確実なことはなにもない。

「これがあれば安心」みたいななにかって、
たぶん、神話レベルかもしれません。

貯金も、ポートフォリオも、スキルも、
人脈も、コミュニティも、なにもかも。

支え合う仲間がいるから大丈夫!みたいな、
そういうこと言う人もいますけど、
今はそうかもしれませんね、という感じ。

で、結局のところ、
今日の結論はなにか?

これはね、
わかんないんですよ。

混沌の中にいる感じ。
僕だけじゃないですよ。
あなたもそうです。

ただ、
「混乱は創造の音だ、突き進め、大丈夫さ」
みたいなセリフが、なんかの映画の中で
出てくるんですけど、そうだと思います。

混乱の中、混沌の中を、
突き進みましょう。

大丈夫だと信じて。

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